歌う ´◇`)/ O✖△◎!  Aniのあれこれ言いたい放題!
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Ani huazhong

Author:Ani huazhong
                            
Ani(アニ)と申します m( )m

早期退職後、軽貨物配送業を2013年1月に開業しました。

屋号:
Ani Express
(アーニー・エキスプレス)

たまに歌います(^0^)

どうぞ よろしく(^-^)

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高野山駅前

ケーブルカーを降りて、まずはMAPをゲット、「高野山案内図」、上記です。

Aniの高野山についての予備知識は、開祖空海が作った「金剛峯寺」と、その太師様が入定した「奥の院」程度。
なので、最初に地図を見た感想は、

「え、こんなに広いの!」

恐らくここ駅前から一番奥にある(?)「奥の院」まで、4、5Kmはありそうです。徒歩じゃ大変だね、なので山内の移動はバスが便利そうです。
主要なスポットには全て停車するので、迷わず乗り放題のワンデーチケットを購入、とりあえず一番奥の(??)「奥の院」まで行ってみます。

その前に、高野山とは?

816年、嵯峨天皇から空海が下賜された、8つの峰に囲まれた標高800Mの平坦地です。実は「高野山」」という名の山はありません。仏教のお寺では、名称の頭に「○○山」と付く場合がありますが(成田山など)、あれと同じです。

大本山は金剛峯寺、子院(末寺とも言います。分家みたいなものかな)は117もあります、うち半数は宿坊とのこと。
宿坊とは「宿泊できるお寺」のことで、ここ高野山では昔から参拝客のために子院が宿坊を営んでいました。

「お寺に泊まる」というと、修行僧のごとく、早寝早起き精進料理! のストイックなイメージを持たれるかもしれませんが、現在はお酒も飲めるところもありますし、それほど一般の旅館と変わらないそうです。ただ、お寺ですから、夜にご住職の講話を聞けたり、朝はお坊さんの「お務め」に参加出来たりと、お寺ならではの体験ができます。
この旅も、本当は高野山の宿坊に泊まりたかったのですが、どこも予約いっぱいでした、人気あるみたいです。
一度は泊まってみたいね、宿坊!

標高800Mといえば、筑波山の頂上とほぼ同じ、年平均気温は10.9度 冬場の平均はほ氷点下、相当寒いところです。
真田幸村も最初は高野山に幽閉されたのですが、あまりの寒さに麓の九度山に住み替えを願い出たとのこと、それほど冬は厳しいところです。
さすが「高野豆腐」発症の地!(高野豆腐は別名「凍み豆腐」、豆腐を凍らせて作ります。高野山のお坊さんが発明したらしい)



奥の院
地図の右半分の緑色のところが「奥の院」です。
杉の大木が並ぶ参道を進んでいくと、弘法大師様が入定した「御廟」に突き当たります。
「入定」とは長い瞑想に入ることをいい、太師様はこの世の平和と繁栄を願い、今もこの地で瞑想を続けています。
そのためここに仕える僧侶たちは、朝昼の2回、太師様の食事を用意してお供するそうです。
すごいですね、1000年以上の間、毎日続けているんだそうです。


写真は「御廟」手前にある手水舎(参拝者が水で手と口をすすぎ身を清める場所)、「御廟」は神聖な場所なのでここから先は撮影禁止です。

では御廟はどんなところか?建物自体は裏手の山の中にあるらしく、参拝する場所からは見えません。なのでお参りは、その山に向かって手を合わせることになります。何か変な感じですが、そのことがかえって太師様はこの山の中で今も修行を続けているんだという気持ちが実感できます。

奥の院のもうひとつの見所は参道入口から御廟まで続く両脇に寄進されたお墓と供養塔です。
その数なんと約20万基!

太師様が入定した足下に墓や供養塔を立てれば極楽浄土へ往生できるという信仰が元々あったところへ、江戸時代に徳川家が菩提所に定めたため、その後他の諸大名、有力者が続々と寄進を行っており、現在では企業などが寄進を続けています。
なので代々の徳川将軍、戦国時代の武将などおよそ有名な歴史上の人物の墓はほとんどあるそうです。
それら大小様々な墓や供養塔を見て回り、歴史上の人物に手を合わせるのが、奥の院参拝の楽しみでもあります。

気になったものをいくつか紹介します。


足袋の「福助」 他にも「パナソニック」や「日産」、「シャープ」など。阪神と東日本の震災の供養塔もありました。


なんと、北千住にある有名居酒屋「永見」の千寿札を発見!


織田信長のお墓。案外、地味。わかっているとは思いますが、ここにあるのは本物の「墓」ではありません。


なんだったけ?ともかく杉の木が立派、こんなのが何千本(何万?)もあります。


こんな感じの参道が2km近く続きます。


上杉謙信の廟。墓ではなく廟は珍しかったので。


入口近くにある、司馬遼太郎の文学碑。何が書いてあったか忘れましたが、恐らくここ奥の院についての記述の抜粋でしょう。

ここまで高野山が広いことを予想していなかったので、半日で回りきれるか怪しくなってきました。
先を急ぐことにします。

多分 次回でレポート終了!

~ 続く ~
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2016/10/13 12:28 散歩・旅行 TB(0) CM(0)
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