歌う ´◇`)/ O✖△◎!  Aniのあれこれ言いたい放題!
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
プロフィール

Ani huazhong

Author:Ani huazhong
                            
Ani(アニ)と申します m( )m

早期退職後、軽貨物配送業を2013年1月に開業しました。

屋号:
Ani Express
(アーニー・エキスプレス)

たまに歌います(^0^)

どうぞ よろしく(^-^)

QRコード
QR
カウンター
「世の中で起こっていること」に対して、大体の人は何らかの「感情」を抱きます。

例えば、「憤り」、「苛立ち」、あるいは「絶望」。
ネガティブな「感情」ばかりを並べましたが、もちろん、「癒し」、「安らぎ」、「幸福」などのポジティブな「感情」も然り。

ここで言う「世の中で起こっていること」とは、当事者として「自分」が関わっていることではなく、情報として知り得た、自分以外の「他人」が起こしていることを言います。
いわゆる「他人事(ひとごと)」ってやつです。

どうも最近、その「他人事」に振り回されている気がしてなりません。振り回されて、そして精神的に「疲れている」。

一例を挙げれば先週起きたイスラム国による日本人人質事件。

誰もがこの卑劣な行為に憤りを感じ、後藤さんの生還を願っています。もちろんAniもそうです。

テレビは各局とも連日大きく報じていますね。
でも、その内容はというと、どの局も似たりよったり。
それだけでなく、どうも見ていてイライラする。
それは「建前」ばかりが議論されて、みんな「本音」を言わないから。

見ている側は、「心配している」、「無事の帰りを祈っている」ばかりじゃありません。あえては書かないけど、違う感情を抱いている人も多いはず。
でもテレビはそれを言わない、というか、言えない。
そして言えないのは見ている側もわかっているので、もどかしいです、なんかストレス溜まります。

かたやSNSをはじめとするネットでは、逆に「本音」が飛び交っています。
実名では言えないけど、匿名なら言いたい放題です。
もちろん、その中には明らかな「嘘」も含まれています。
「嘘」だけならまだしも、中には「誹謗・中傷」も含まれており、不快になることも度々です。

それでも「真実」を知りたい人は、この膨大な情報の中から、自分でそれを探し出さなければなりません。
ただし探し当てたとしても、それはあくまで、自分が正しいと思われる「真実」です。
なぜなら、本当に「真実」なのか、確かめようがないから。

これもまた疲れます。

そしてこの手の事件に伴って巻き起こる、支援・支持の意思表示運動。
今回も、居ても立ってもいられなくなった後藤さんの友人たちが、「I AM KENJI」のプラカードをもってネット投稿し、多くの同調者がそれに続いていますね。

その行動を批判するつもりはありません。全然やっても構わないと思っています。
ただ素直に同調出来る人はいいでしょうが、世の中にはそう思わない人だって当然いるわけです。
しかし運動の輪が広がれば広がる程、いつの間にかその行為が「正義」みたいになって、批判がタブー視されていきます。
やりたくない人はやらなくていいはずなのに、やらない自分に罪悪感を感じる、これもおかしな話です。

今や世の中で起きているあらゆることは、ネットを通じて瞬時に知ることができるようになりました。
知りたいことだけでなく、知りたくないことまでも。

このこと自体は人類における「進歩」なので、悪いことではないことはわかっています。
でも、この時代に生きている我々は、その「進歩」のおかげで、毎日のように前述の「精神的葛藤」を繰り広げている気がしてなりません。

そんなに疲れるのなら、そもそも「情報」を取りに行かなければいい、といった意見も聞こえますが、そうなるとみんなが知ってるけど自分だけ知らないことが出てきます。
それはそれで、今度はそれがストレスです。

知り得る情報、それらはすべて「他人事」。

今ほど情報伝達が発達していない頃の「他人事」は、伝聞による情報の不確かさや、伝わるまでに時間がかかって、知った頃には話が終わっていたなど、それ程重要視はされていませんでした。聞き流しても支障のない程度の話でした。

しょせん「他人事」のなので、今もそのことに対する「重要度」はさほど変わってはいないはずです。

しかしこの時代の「他人事」は、あまりにリアルです。
人々はその現場にいるかのように、映像でその事を確かめることができます、それもほとんど時間差なく。
まるで自分が「当事者」になったかのようです。それだけに、軽く「聞き流す」ことができなくなっています。

現実的には「当事者」ではないので、直接的に何かできるわけではないのに、できない「もどかしさ」を感じてしまう。

この時代に「生きる」ということ。

「情報」の洪水に翻弄され、バーチャルな世界に惑わさられながらも、いかに「自分」を見失わずに「生きる」ことができるか。

人類は概ね物質的には「豊か」になりました。健康的な生活が送れるようになり、「寿命」も伸びました。(もちろん、それを享受できない人々が一部いることも承知しています)

代わりに精神的にはきつくなりました。耐え切れなくて支障をきたす人も増えています。

昔の人たちに悩みがなかったとは言いませんが、それらは今よりもっと単純で、精神的な負担になることはなかったのではとAniは想像します。

かつては「肉体的辛さ」、今は「精神的辛さ」

「辛さ」は変わらないのかもしれません。

生まれる時代は選べないのだから、生まれた時代で頑張るしかない、結局は、そういうことなのでしょう。

ああ、しんど。。。
関連記事
2015/01/31 16:19 時事 TB(0) CM(0)
コメント















 管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
http://huazhong.blog.fc2.com/tb.php/151-535c9eb3
リンク
FC2ブログランキング
FC2ブログランキングに参加しています。
よろしかったら、クリック お願いします。