歌う ´◇`)/ O✖△◎!  Aniのあれこれ言いたい放題!
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
プロフィール

Ani huazhong

Author:Ani huazhong
                            
Ani(アニ)と申します m( )m

早期退職後、軽貨物配送業を2013年1月に開業しました。

屋号:
Ani Express
(アーニー・エキスプレス)

たまに歌います(^0^)

どうぞ よろしく(^-^)

QRコード
QR
カウンター
先週からニュースで度々取り上げられているので、すでに多くの皆さんご存知かと思いますが、いま香港で起こっている出来事。

香港政府のトップである行政長官を選出する選挙が2017年に実施されることになりましたが、立候補者を選定する委員会が中国政府寄りに構成されることが、中国本土の全人代で決定されたため、事実上「民主派」と呼ばれる、香港での民主主義を推し進めようとする候補者は立候補できなくなりました。
これに反発した学生を中心とした若者たちが、香港の政の中心地である金鐘地区を占拠している件です。

2003年から3年間彼の地に暮らしたAniとしては、当然無関心ではいられません。
そこで、今日はAniが当時感じた「香港人」への印象を踏まえ、今回の騒動について考えてみたいと思います。

1997年まで英国の植民地だった香港では、そこに暮らすすべての香港人に政治参加が認められておらず(政治のすべては英国本国の決定によっていた)、代わりに経済的な制約はほとんど課されていなかったため、当時の香港人たちは政治に無関心で、ひたすら経済的な利益を得ることに奔走していました。

香港人にとって一番大事だったのは「お金」

なぜなら現在香港に住む「香港人」は、そのほとんどが大陸から「逃れてきた」人たちだから。
もともと香港は19世紀中旬に英国が植民地にするまでは、辺境の小さな漁村でした。
では何故アヘン戦争に勝利した英国は当時の海外貿易拠点であった広州エリアではなく、あえて辺境の香港を選んだのか?
それは香港島と九龍半島の間に位置するビクトリア湾が、当時大型化していた船舶を係留するのに適していたから。要するに湾が「深かった」のです。
(中国南部の広州は15世紀ころから中国における「海の窓口」で、隣接するマカオも16世紀頃からヨーロッパからの寄港地として栄えました。しかし珠江デルタと言われる、「珠江」という川の扇状地である同地域は海が浅く、当時大型化していた軍艦などの停泊には不向きでした。よって英国は、湾が深く大型船の停泊が容易で、かつ湾内が入り組んでおり、敵からの攻撃が受けにくい「天然の要塞」だった香港を選んだのでした)

東南アジアの「ハブ港」となった香港は、大陸から移住してきた多くの「中国人」によって発展していきました。

植民地化された当初は港湾関係の労働力として、第2次大戦後は中国の共産化から逃れるための難民として、また中国で文化大革命の嵐が吹き荒れた70年代は頃はその迫害から逃れるため、主に広東省を中心に多くの中国人が香港に逃れてきました。

また戦前に財を築いた上海の富裕層も、共産主義勢力による迫害を逃れるため、戦後多くが香港へ移住しました。
かように「香港」という街は、大陸の共産主義化あるいは迫害から逃れるために渡ってきた「中国人」により形成された街でした。
よって「国家」というものをもともと信頼していない彼らが頼りとするものが「お金」になったとしても、それは全然不思議なことじゃありません。「国」がなかったユダヤ人もそうですね。

Aniが3年間に付き合ってきた「香港人」、その「感性」は日本人と変わりません。
いわゆる「西側先進国」の市民感覚が共有できる人たちです。
公共の交通機関が「普通」に機能し、電化製品が「普通」に手に入り、警察・消防、医療機関が「普通」に利用できる「環境」があること。

なぜこんなことを言うかといえば、他のアジアの人々での場合では、この「前提」を踏まえた会話が成り立たないことが多いからです。
まともに機能しない交通機関、手に入らない家電製品、信頼できない公務員etc。中国本土やタイ、フィリピンの人たちとのあいだでは、往々にして我々日本人が「当たり前」だと思っている感覚が通じないことがありました。そうなると、会話が時に先に進まなくなったりしました。

その点、香港やシンガポール、韓国の人たちとの間では、その違和感はありません。日本と同じく「西側先進国」でしたから。なので先ほど揚げた「前提」はクリアされているので、彼らとはより「突っ込んだ」会話ができたように思います。

かように、彼ら「香港人」は、市民感覚的な部分で多分に「日本人」と同じ「感覚」持っていると思っているAniにすれば、感覚的に「合わない」中国本土の人たちとの付き合いは、やっぱり難しいんだろうなということが想像できます。

なにより日本人のAniは、中国本土の人々との付き合いが本当にシンドかったので、仮に言葉が通じたとしても(香港人は普通語(中国本土で使われている「中国語」の名称。広い大陸は「方言」だらけなので、政府は北京語をもとにした「普通語」を、「共通語」として普及を図っています。香港人いわく、文法は同じなので、発音さえできれば普通語を話すことは、それほど難しくはないらしい。とういか、植民地時代の英語を始め、彼らはほとんどが「バイリンガル」なので、普通語を話すことくらいは簡単らしい)、香港人にとって彼らとの付き合いもまた「シンドかった」と想像できます。

(香港で勤務していた会社は上海にも拠点があったので、「香港人」と「中国人」の仕事上の交流があったのですが、「日本人」のAniに対してそれぞれの「悪口」を言う彼らが、面と向って対面するとお互いにものすごく気を使っている(「香港人」は「中国人」を見下した態度が出ないように、「中国人」は「香港人」に馬鹿にされないように)のが、Aniには非常に興味深く、「大変だな」と感じました)

97年の返還時は、「自由」を求めて香港にやってきた人々の多くが、皮肉にも新たな「自由」を求めてカナダほかの英連邦国に移住しました。
しかし自らが後にした香港は、中国本土との経済活動の活況により、その後大きく発展していきます。

Aniが駐在員として赴任した2003年前後は、海外に移住した香港人たちが、「香港は、大丈夫なんじゃないか」と再び香港に戻り始めた時期でした。その関係で、あのSARS騒動の際、香港についで死者が出たのがカナダのトロントだったわけです。

今でも香港経済は、中国本土に大きく依存しています。
特に観光業はその依存度が高く、今回のデモで親中派(本土政府を支持する人たち。簡単にいえば、中国本土企業他とのつながりにより経済的恩恵を受けている人たち。香港への移住方法の一つとして、1000万香港ドル以上の香港政府が指定する金融商品に投資すれば「投資移民ビザ」が発給されて香港市民になれます。よって香港にはこのビザで香港市民になった本土中国人が、家族を含めてたくさんいます。本土で起業家で成功した人、かと思えば、なぜか「党」幹部が多い。その子息たるや。。。推して知るべし!)

で、親中派はそんな本土から来た中国人ばかりかといえば、いわゆる「低所得者」層にも多いです。
香港は「階級社会」です。アッパー(富裕層)、ミドル(中間層)、ロー(低所得者層)の区分が明確です。
まず税制の優遇があって、「金持ち」はずっと「金持ち」です。かたや「低所得者層」、こちらは行政による手厚い保護もあって、例えば低所得者向けの住宅供給や、格安での医療機関利用、消費も質はともかくとして、街市と呼ばれるローカル市場に行けば、かなり安く済ませられ、低所得だからといって必ずしも暮らしづらいとは言えません。
なので中間に位置する一般的なホワイトカラー層は、上からのおこぼれを享受しつつ、下には落ちたくないので上がってくる下級層は叩きます。

で、低所得者層の多くが従事している仕事は観光業を中心としたサービス業。よって先ほど「親中派」としましたが、彼らにしてみれば、これ以上騒動が長引くと観光に影響が出て、自分たちの収入にも影響が出ます。
もともと低所得者層は政治的関心が薄いので、今回の騒動に批判的なのはよくわかります。
(しかし、3日にモンコック(=香港内でも一番ディープなエリア、低所得者層が多く住む)で起きた親中派による学生への暴行は、親中派によって雇われた「黒社会」(=香港語で「暴力団」の意味)の犯行であることが判明しました。)
実態はますます混迷の様相ですね。

今回立ち上がったのは香港の学生たち。
香港で大学生といえば、かなりのエリートです。
先ほどの中間層以上の子弟じゃないと、進学は無理です。
ほぼ、植民地時代を知らない世代。親の世代のように、本土政府のイデオロギーは到底受け入れられないが、かと言って、経済的な依存度を考えればあからさまに異を唱えられないジレンマがない分、自分たちに課せられるであろう「自由」への制限に対して素直に抵抗できるのかもしれません。

事実彼らは、2012年に香港政府が本土の意向を受け推進しようとした「中国愛国教育」に反対して授業ボイコットを行い、公立学校に対する「義務化」を撤回させた実績があります。
だからある意味「強気」なのと同時に、親世代も応援しているから、この騒動、出口が見えなくなっています。

「当たり前の民主主義」

日本では少なくとも初めから「権力」が介入している選挙制度を「民主主義」とは認めないでしょう。

ですから、今香港で起こっていることを「自分」の身に置き換えて想像してみたらどうでしょう。

到底受け入れられないのでは。
だって「権力者」の意向によって、市民生活はどうにでもなるってことですから。

香港の人達は、「当たり前の民主主義」を求めているだけなのです。

その「当たり前」が理解できない人たちに、どうやって理解させるか。

難しい問題です。
KASAKAKUMEI free


関連記事
2014/10/05 11:52 時事 TB(0) CM(0)
コメント















 管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
http://huazhong.blog.fc2.com/tb.php/122-823ddd99
リンク
FC2ブログランキング
FC2ブログランキングに参加しています。
よろしかったら、クリック お願いします。