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プロフィール

Ani huazhong

Author:Ani huazhong
                            
Ani(アニ)と申します m( )m

早期退職後、軽貨物配送業を2013年1月に開業しました。

屋号:
Ani Express
(アーニー・エキスプレス)

たまに歌います(^0^)

どうぞ よろしく(^-^)

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まずは先月の台風15号並びに19号でお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈り申し上げるとともに、被害に遭われた方々には心よりお見舞い申し上げます。

それにしても全国で100名近くの犠牲者を出した今回の台風、60年近く生きてきてこれほどの被害が発生した台風は初めてではないでしょうか。

確かに4、50年前のAniが幼少期のころは、今ほど社会的インフラが整備されていなかったので、台風が来ると停電が起こったり、近所のあちこちで浸水被害が出たりしてました。

でも昔は木製だった電柱がコンクリート製に替わったりしたせいかどうかはわかりませんが、もう何十年も停電になったことはありません。また河川の治水整備が進んだ結果、Aniが暮らす地域では殆ど浸水被害が起こっていません。

そんなふうだから、今回の台風に関してもAni自身はタカをくくっていたところがありました。そんなにひどいことにはならないだろうと。

今回亡くなられた方々の周囲の人や、逃げ遅れて自宅に孤立してしまった方々からは、「まさかこんなに早く水が押し寄せてくるとは思わなかった」という声がほとんどです。
確かにこのところの異常気象のせいでしょうか、ゲリラ豪雨などかつては起こらなかった気象現象が最近起きるようになり、今回も記録的降水量でしたから、逃げ遅れても仕方がない部分はあったかもしれません。

ただ、台風の場合は地震と違って、どれくらいの規模で、いつ、どこを通るかまで事前に予測できるわけです。そう考えると、それに備える時間は十分にあるわけで、それでも被害が出てしまうのは、わかっていても人間はタカをくくってしまうからでしょう。

ではそれを防ぐ手立てはないのか?

思うに、避難すべきかの判断が人によって異なるので被災される方が出てしまうので、各個人に判断させなければいいのです。

そこで参考になると思うのが、Aniが3年間暮らした香港での台風対応です。

日本の気象庁にあたる香港天文台では、台風が近づくと「シグナル」という警告を発します。



シグナルは、「1」「3」「8」「9」「10」の段階に分かれており、「8」以上が非常に危険な警告となります。

日本でも、「避難準備」と「避難指示」「避難勧告」などが最近出るようになりましたが、強制力はありません。あくまで指示・勧告に従うかは個人の判断です。

これに対して香港では、「8」が出ると自動的に次の対応が行われます。

・フェリー、バスは運休。(地下鉄は稼働。ただし状況により運休もありうる)
・学校は休校。就学中なら速やかに帰宅。
・事業所、商店は業務停止。就業時間前なら従業員は自宅待機、就業時間中なら速やかに帰宅。

※ シグナル8に切り替わるときは、何時頃に切り替わるか天文台から事前に発表されるので、無駄に通学・出社することが防げます。

公共交通機関は必ず対応されますが、事業所や商店はどうなのかと思われるかも知れませんが、これらの対応は労働局のガイドラインで指示されており(明確に法律で明記はされていない)、全ての企業はこれに従っています。

それはなぜかと言うと、仮にこれらの指示に従わず従業員が就業中または出勤・帰宅途中に事故等にあった場合、労災保険が適用されないからです。
恐らく学校の場合でも指示に従わず生徒に事故等が起こった場合、賠償責任が学校側に生じると考えらえます。

日本の今回の台風でも、出勤を強要する「ブラック企業」がネット上で話題に上がっていましたが、香港ではそのような問題は起こりません。

「大丈夫 思う気持ちが 事故のもと」なんて標語、どっかにありませんでしたっけ?

強制力のあるルールを作れば、それに従わないと自分が不利になるので、人及び企業は従わざるを得なくなるでしょう。

もちろん、香港は総面積が東京都の半分程度ですから可能なところもありますし、中国人の性質を考えると、強制的にしないと誰も従わないという側面も否めませんが。

「100年に一度の○○」などという表現が使われるほど、このところの気象現象は我々の想像を超える時が多々あります。
そう考えると、香港のような制度導入も、日本で検討すべきだと思います。

個人も企業も学校も、どうすべきか「迷う」必要がなくなるので、賛同者は多い気がするのですが。









2019/11/04 17:26 時事 TB(0) CM(0)
今年も「桜」の季節がやってきました。


いつもの、綾瀬川沿いの桜。

毎年ではないですが、ここ4、5年この沿道でAni主催の「花見」を行ってきましたが、今年は断念です。

理由は。。。 そう、「花粉症」です。

3年前に突然発症したAniの花粉症、今年も治る気配はありません。

日頃はマスクとワセリン(目の周りに塗って目のかゆみを防ぎます)と、徹底した「拭き掃除(家での花粉症対策、ともかく部屋に「花粉」を持ち込まないこと、玄関前でよく花粉を落としてから入室し、2日にいっぺん部屋中を「水拭き」しています)」により、なんとかしのいでいますが、さすがにマスクを外して表で酒を飲むのは無理でしょう、くしゃみが止まらなくなること確実です。



昨日の寒さから一転、今日は花見に最適の小春日和。
来年は花見、再チャレンジしてみますか \(^0^)

さて、タイトルにも書いたとおり、今年は日本という国にとって「節目」の年となります。
天皇陛下がご退位され、皇太子殿下が新たな「天皇」にご即位なされます。

ずっと先だと思っていたのに、明日にはもう新しい年号が発表されるんですね。
「新しい時代」に突入していく、ようやくそんな実感がなんだか湧いてきています。
でもまさか自分が生きている間に、2度も年号が変わるとは。
それもなんだか不思な気分です。

今年は「国」レベルでの「節目」の年でありますが、ある意味今年と来年は我々の世代にとっても「節目」ではないでしょうか。
正確には来年なのですが、Aniたち1960年生まれは「還暦」を迎えます。

「還暦」、いまより寿命の短かった江戸時代までなら「長生き」をお祝いする行事として意味があった気がしますが、人生100年時代になろうとしている現代では、60歳は全然「若い」、さすがに「長生き」ではないので、そういう意味での行事に今はなりません。

ただ世の中的には60歳をひとつの「節目」として考えています、一番代表的なのが企業における「定年」。

これも最近の人手不足と、人々の健康寿命が延びたおかげで60歳はバリバリ現役、多くの方が定年後も雇用継続しますので、この制度は企業側が正規雇用を一旦リセットすることで、給料をかなり下げて再雇用するための、都合のいいものになっている感もあります。
まあ現実的には年金受給までのタイムラグがあるので働かざるを得ないのかもしれませんが、それでも当事者の本人にとっては、気持ちの上のひとつの「区切り」として、60歳はやはりいい「節目」だと思えるのではないでしょうか。
もう定年とは縁のなくなった自営業のAniも、やはり「60歳」はひとつの「節目」と感じます。

いま60歳を過ぎても現実的には何も変わらない的なことを書きましたが、「節目」ですから「変えて」もいいわけです。
逆に会社員なら定年で会社の「しがらみ」から解放されるわけで、まったくちがう新しいことをはじめることも可能です、あるいは「何もしない」選択肢だってある!

先日、歌手の森昌子さんが今年いっぱいでの「引退」を発表しました。


                              懐かしの中3トリオ!

彼女はいま60歳、ずーっと歌手を続けてきたので、穏やかな生活の中で歌手以外のことにもチャレンジしたいというのが引退の理由だそうです。
いいんではないですか、彼女の歌声が聞けなくなるのは残念ですが、これまで多くの人々を癒してきたことを考えれば、これからは好きにしてもらって全然いいと思います。

なにが言いたいかというと、「節目」をきっかけに、これからの人生の過ごし方をいろいろ考えてみてはどうですか?ということ。

無理やり新しいことを始める必要はありません、また何かをはじめるにあたっても60歳がタイムリミットだとは思いません。

ついこの間、ショーケンこと萩原健一さんが亡くなりました。享年68歳。
2011年から病気を患っていたということですが、2日前まで元気だったと聞きますので、突然死とも言えます。
60歳をすぎれば、どうしてもこのリスクは避けられません、だから、悔いを残さないためにも、「節目」の歳に人生を考える必要があるとAniは思うのです。

個人的には、「節目」を迎えるにあたって「ワクワク」している自分を感じています。
実際には会社のしがらみもない自営業なので、いつでも好きなことができるといえばそうなのですが、やはり思い切る勇気とタイミングが見えません。
なので、そうだな来年の東京オリンピックが終わったら、何かしてみたい、それまでに何をしたいかを見つけ、その準備をしたいと思っています。

なにより、勇気づけられるというか敬服するのは、多くの同世代が60歳を機にリタイアだとかのんびりしたいと考える中で、これから天皇陛下になられる皇太子殿下のことです。

59歳から、「日本国の象徴」という重責を担われるわけです。いくらお生まれになった時からの運命とはいえ、その大変さは想像もつきません。
それを考えると、同世代のものとしては、簡単に弱音は吐けないなと思うわけです。

明日新年号発表、そして5月から新しい時代の幕開けです。

ネガティブにならず、未来志向でいきませう \(^o^)/

2019/03/30 10:50 時事 TB(0) CM(0)
先週、辛いニュースが飛び込んできました。

「堀ちえみ 口腔がんを発症 」

彼女は1967年生まれなので、Ani的には若かりし頃の 「はまった」アイドル ではありません。
彼女がデビューした頃、Aniは既に大学生後半だったので、もうそんなに若いアイドルに興味はありませんでした。
(今時の大学生なら、バリバリに「アイドルオタク」でも全然アリなのですが、当時の普通の大学生は、大体「アイドル」からは「卒業」していたように思います。)

それでも大ブームとなったTVドラマの「スチュワーデス物語」(もう、「スチュワーデス」が今や死語ですね!)、有名なセリフ「私はドジでのろまな亀」くらいは知っています。

またその後、3回結婚して7人の子供がいることは有名ですよね。

現在 52歳。いまはもうAniと「同世代」といっていいでしょう。だから自分より若い人の、この手の報道は本当に辛い。
ちょうど同じ年頃の時に、同じく同級生をガンで亡くしていますので、余計に身にしみます。

ガンの進行度合いのステージは「4」。ご本人も言っているとおり、楽観できる状態ではありません。
でも前向きに治療に取り組んでいくとのこと、昨日は舌の6割と転移した首のリンパ線を取り除く、11時間にも及ぶ大手術に成功したとのことです。

お子さんや夫の「少しでも長く生きて欲しい」という願いを受け入れ、いっとき「治療はしない」選択も頭をよぎったそうですが、彼女は辛く苦しくても治療する道を選びました。

水泳の池江璃花子さんの白血病もそうですが、「なんで彼女たちが」 と強く感じますが、いまは2人とも一日も早い回復を念じてやみません。

さて、今回この話題を取り上げたもうひとつの理由、それは堀さんが自らの病気を発表する手段として、自身の「ブログ」を使ったことでした。

やはり芸能人ですから、このような事態に陥った場合、発表しないわけにはいかないでしょう。長期に入院すれば何事かとマスコミに感づかれてしまいます。

なので発表する方法としては、記者会見あるいは所属事務所のホームページなどがあるのですが、あえて自身のブログで行った、同じくブログをやっている身としては、ちょっと興味を惹かれたわけです。

自身がブログをやっているにも関わらず、他人のブログはほとんど読みません。知り合いがやっているものは欠かさずチェックしてますが、芸能人のものはないですね。気になる人がいれば別なのでしょうが、それほどまでの人はいません。

ブログ。正式名称は「ウェブログ(WebLog)」だそうで、略して「ブログ」

形態的には「個人でやってるホームページ」だそうで、よくネットで書く「日記」と言われていますが、内容に関する定義はなく、日常を綴るだけでもいいし、個人のオピニオン発表の場でもいいそうです。

で、芸能人の多くの人がブログをやっていますが、彼らの場合はほぼ「仕事」というか、世間から忘れられないための情報発信的な意味合いが強く、本人の日常を淡々に報告するタイプの物が多いので、その人のファンでもない限り、読んでも大して面白くありません。

堀さんのブログも、読んでみると大体がそんな感じで、「今日は天気がいいですね」とかそんな感じなのですが、今回のがん告白についての報告は、全く違っていました。

がん発見の経緯、周囲の反応、なにより本人の気持ちなどがしっかりと書かれており、大変立派な報告でした。
また、ブログでの発表後のマスコミの報道も、ほぼこのブログの内容に合致しています。

ここに彼女が発表の手段として「ブログ」を選んだ理由があると、Aniは感じました。
ちゃんと発表しないと、事実じゃないことも含めて、憶測であることないこと書かれる、なので直接の記者会見でもいいのですが、本人が伝えたいことと記者たちの聞きたいことにギャップがあるので、本人的にはイマイチちゃんと伝わっているのか不満が残るのではないかと。

その点、ブログでの発表のいいところは、ちゃんと「記録」として残ることです。
ブログに書いてあること以上のことは、流石にマスコミも記事に出来ません。なので本人的には満足できるのでは。

ブログがブームだったのは10年くらい前でしょうか、その後のSNSの登場で、いまはブログをやる人は相当減っています。
フェイスブックやツイッターに比べて、ブログの更新はかなりめんどくさいですしね。

ただ、今回のような「重い」報告の場合、SNSでの報告はちょっと厳しいと思います。なんか「軽く」受け止められてしまいそうです。

めんどくさくてもブログをやっていればこそ、こういう使い方ができるわけです。

もしAniの身に同じようなことが起こった場合、自分はブログで発表するだろうか?

一般人なので、あまねく世間に知らせる必要はないのですが、自身の「心境」を伝えたいのだとしたら、ブログでの告知はありですね。

改めまして、堀さん、池江さん、そして同じく病気やケガで苦労されている方々の、一日も早い回復を願ってやみません。





2019/02/24 06:11 時事 TB(0) CM(0)
人間、齢40を超えたあたりから、ほとんどの人は肉体的な「衰え」を感じ始めます。

人によって「衰え」方は様々。

「徹夜がつらくなった」
「ゴルフの飛距離が落ちた」
「酒が弱くなった」 etc
(例えが「仕事」以外に関するところが、Aniらしいい?(>.<)

ただ周りを見回してみると、大体この「衰え」は来ているようです。
それは「老眼」。

早い人で40歳代前半、遅くとも50歳までにはみんななるんじゃないかな。

目のピント合わせ機能の衰えによって、近くの物が見えづらくなるのが「老眼」
視力のいい人は近くがぼやけて見えるので「老眼鏡」が必要となります。
またAniのように近視の場合は、メガネをしたままだとぼやけ、外すとよく見えます。

メガネを外せば見えるんならいいじゃないかと思われるかもしれませんが、遠くを見るときは必要なので、かけたり外したりで非常にめんどくさい。

そんな不便さ解消のために、「遠近両用メガネ」というものがあります。
これはメガネレンズの真ん中より下に一箇所、度数を弱くしている部分を作って、近くを見るときはそこで見るという代物。

一見、便利そうですが、これがなかなかそううまくは行きません。

まず人間の眼は視界に見え方の違う部分があると、脳が混乱して非常に疲れます。しばらくかけ続けていれば慣れてくるのですが、最後までなれない人もいます。
また「老眼」はどんどん進みます。なり始めの時に作ったメガネも1、2年すると老眼が進んで合わなくなります。そうなると新たに作り直さねければならないのですが、作り直しても老眼は進むのでまた作り直し、しかしあまりに遠くを見る部分と近くを見る部分の度数に差があると、先ほど挙げた度数差による脳の混乱が激しくなるので、日常生活で使えなくなってしまいます。

どうも「老眼」による不便さの根本的な解決策はないようです。

ただ、最近ちょっと気になっているものがあります。
それは、「ハズキルーペ」

ユニークなCMで有名ですね。別に老眼対策用ではなく、ものが大きく見えるだけの機能、いわゆる「拡大鏡」です。

老眼になってから、新聞、雑誌、文庫本などの「紙」媒体による「活字」をホントに読まなくなりました。
メガネをかけたり外したりの煩わしさに加え、加齢のせいもあるのでしょか、やはり老眼になる以前より文字が見づらい。
なので文字が大きく見えるなら、見づらさのストレス軽減になるんではないかと。

1.3、1.6、1.8倍の3種類、これだけの機能なら大したことないのですが、やはり「売り」はCMでもやってる(お尻で踏んでも壊れない)「強度」でしょうか。

ただ、定価だと1万円を超える価格。「売り」の強度があるにしても、原価を考えれば高くないかという気がします。

この手の商品が出ると、必ず「類似品」が現れるのが世の常。「強度」はいらないから、もっと安いのはないかなと思っていたら、ありました!





「東武よみうり」という、東武沿線で月1に発行されるフリーペーパー、沿線にお住まいの方なら目にしたことあると思います。
そこの広告欄に載っていました。

価格は1400円、2個買うと2500円とお得です。

1400円なら仮に期待はずれだったとしても、惜しい金額ではありません。
さっそく注文しました。

近くの読売新聞販売店から代引で直接届けられました。なるほど、これは新聞拡販のプロモーションでもあるわけか。

案の定、持ってきたのは新聞の配達員で新聞の勧誘されました。丁重にお断りしました。配達員の方も新聞の衰退は分かっているみたいで、勧誘も全然あっさりしてました。

さて、使用した感想。

メガネの上からもかけられる仕様なのですが、遠近両用で試すと遠くを見る部分ではバッチリなのですが、近くを見る部分で見ると何故かぼやけます。
また裸眼で試すと、かけない状態で見るときよりも更に近づけなければよく見えません。
恐らく、裸眼で視力1.0位を基準に作ってあるのではないかと。
Aniの場合、メガネで矯正して大体1・0くらいなので。

やはり文字が大きく見えるのは「楽」です。これなら「活字」をじっくり読む際には使えそうです。

これが「ハズキルーペ」だとしても、見え方に関しては大差ないとするなら、コスパ的にはこちらで十分かな。

ご購入を検討中の方、以上参考まで\(^o^)/
2018/12/08 17:49 時事 TB(0) CM(0)
ついこの間に登録された日本の世界遺産

「来訪神:仮面・仮装の神々」

なんのことやらと思っていたら、「ナマハゲ」など日本各地に伝わる「仮面」を被った神事のことでした。

全国10箇所の神事が登録されたようですが、Aniが知っていたのは「男鹿のナマハゲ」と「宮古島のパーントゥ」だけ。
そのエリアの出身者なら別ですが、恐らくみなさんもそんなものではないかな。

なんだか「世界遺産」、どうも「乱発」してないか?
なにしろ「和食」も「世界遺産」、いろいろありすぎて、有難味がちょっと薄れてますね。

それでも、残り8箇所がどんなお祭りなのかは興味あります。

ちょっと調べました。

1.吉浜のスネカ - 岩手県大船渡市



毎年1月15日に行われる恒例行事。始まりは江戸時代とも言われているが定かではない。男鹿のなまはげと共通点があり、鬼に似たお面をかぶった役者が各家々をまわり、怠けている者への戒めを行う。お面は北上の鬼剣舞のような立派なものではなく、イヌのような鬼のようなといった独特の顔をしており、昔は桜の木の皮などで作ったらしい。衣装はなまはげと似た格好だが、地元特産のアワビの殻が付いており、歩く度に『ガラガラ、ガラガラ』と音を立てる。これがスネカの訪問の合図となり、子供たちの恐怖心をあおる。
囲炉裏やコタツに入ってばかりいて怠けて入る者の脛に付いた火の斑を剥ぎ取ってしまう、といった意味の「脛皮たくり」が「スネカ」の語源と言われている。同様に「脛かっちゃぎ」の略との説もある。また、厄祓いも兼ねているようだ。

2.米川の水かぶり- 宮城県登米市



米川の水かぷりは、東和町米川の五日町町内で2月の初午に行われる火伏せの行事である。
藁製のオシメという装束とアタマという被り物を付け、顔に鍋墨を塗った一団が、ポンデンを持った還暦の者を先頭に大慈寺境内の秋葉権現社にお参りした後、通りの家に水をかけながら町中を南から北に走り抜ける。
水かぶりの一行が通りかかると町内の人々は、争って装束の藁を引き抜き屋根に載せる。こうすると火伏せになるとか、魔除けになるといわれている。米川では、初午の日以外に水かぶりをしてはならないとされ、また、水かぶりの一行が通り過ぎるまでは、色の付いたものを食べることが禁じられている。これを破ると火事が発生しやすくなると伝えられている。

3.男鹿のナマハゲ - 秋田県男鹿市



秋田県の男鹿半島(男鹿市)、および、その基部(山本郡三種町・潟上市)の一部においてみられる伝統的な民俗行事またはその行事を執り行う者の様相を指す。「男鹿(おが)のナマハゲ」として、国の重要無形民俗文化財に指定されている。大晦日の夜、異形の仮面をつけ、藁などで作った衣装をまとった「なまはげ」が、家々を巡って厄払いをしたり、怠け者を諭したりする。

4.遊佐の小正月行事(アマハゲ) - 山形県飽海郡遊佐町



「アマハゲ」とは、遊佐町吹浦地区の女鹿・滝ノ浦・鳥崎集落に伝わる民俗行事です。「ケンダン」という藁を何重にも重ねた蓑を身にまとい、鬼や翁の面をつけた若者が、正月に各戸を回って子供の怠け心をいさめたり、お年寄りの長寿を願う行事です。その起源は残念ながら定かではありません。
 3集落に伝わるアマハゲは、大筋では共通し、類似している点も多くみられますが、面の表情や家での振る舞いなど、集落ごとに特徴がみられる部分もあります。
 
5.能登のアマメハギ - 石川県輪島市・鳳珠郡能登町



石川県の輪島市や鳳珠郡能登町に伝わる伝統行事(妖怪)。囲炉裏や火鉢に長くあたっているとできる火だこ(温熱性紅斑)のことをアマメと言い、怠け者の証しとされている。これを剥ぎ取る妖怪がアマメハギである。
正月と小正月の1月6日・14日・20日に輪島市の各地区で、節分の日に能登町で行われ、若者や子供が仮面を被って家々を回る。農閑期の終わりを前に、農民を管理していた当時の役人が農民達の怠惰を戒める為に鬼のような形相で各戸を訪問してきたことがルーツとされている。

6.見島のカセドリ - 佐賀県佐賀市



カセドリとは、神から使わされた雌雄のつがいのニワトリと考えられている。毎年2月の第二土曜日の夜、土地の独身男性2人が藁蓑に身をつつみ、手甲、脚絆、白い足袋、笠を身につけ、カセドリに扮する。
カセドリはまず熊野神社の拝殿に走り込み、先が細かく割られた長さ1.7メートルほどの竹を床に激しく打ちつける。続いてカセドリ一行は地区内の家々を順番に訪れ、その年の家内安全や五穀豊穣などの祈願のため、同様に竹の先で家の床を打ちつけて悪霊を払う。その後、家人が酒や茶などを振る舞い、カセドリは顔を伏せたままそれに応える。このときにカセドリの顔を見ると幸せになるといわれ、家人はカセドリに顔を上げさせようと、底の深い器を接待に用いる。

7.甑島のトシドン - 鹿児島県薩摩川内市(下甑島)



鹿児島県薩摩川内市の下甑島(甑島列島)の年中行事。大晦日の夜、地元の青年や年配の人が、鼻の長い鬼のような面、蓑や黒いマントなどでトシドンの姿に扮し、子供のいる家をまわる。訪問先は3,4歳、または7,8歳の子供のいる家が対象となる。そしてその子供たちが年内に仕出かした悪戯などを「いつも天から見ているんだぞ」とばかりに怖い声で指摘し、懲らしめる。これは事前に家族がトシドン役の人々に対し、叱って欲しい内容を知らせているのだが、子供にしてみればなぜ知っているのかと恐怖におののき、反省を促されることになる。悪行について一通り懲らしめた後、勉強のことなど、最近の長所について褒めあげる。さらに歌を歌わせる、数を数えさせる、けんけん(片足跳び)をさせるなどの注文をし、子供はその言いなりとなる。これらの行事を終えた後、トシドンは褒美として歳餅を与え、子供を四つん這いにさせ、その背に餅を乗せ、親のもとへと運ばせる。それを見届けた後、来年の訪問時まで行儀良くしていることを子供に約束させ、トシドンは去ってゆく。一通りの行事に要する時間は15分ほどである。トシドンが帰って行った後、甑島の人々は無事に新年を迎えることができるとされる。

8.薩摩硫黄島のメンドン - 鹿児島県鹿児島郡三島村(薩摩硫黄島)



薩摩硫黄島のメンドンは,奇怪な容姿を有し,畏くも怖ろしいものとされており,八朔の行事日となる旧暦の8月1日,2日に現れ,人びとの邪気を追い祓う。
1日の夕方,熊野神社前の広場で若者たちが輪になって太鼓踊りを演じていると,突如,拝殿奥から1体のメンドンが走り込んできて,踊り手の周囲を3周し,去っていく。これが終わると,次々とメンドンたちが走ってきては,踊りの邪魔や,飲食に興じる観客たちの中に分け入るなど,悪戯を始める。手には枝葉を携えており,これでしきりに叩く。叩かれると魔が祓われてよいという。こうして,メンドンらは神社を出たり入ったりしながら,せわしく駆け廻るが,翌日の夜中まで所かまわず出没,徘徊している。
翌2日には,叩き出しといって,島を一巡する太鼓踊りがある。このときメンドンは隊列の先頭につくことになっており,所定の場所に到着すると,揃って海に向かって悪いものを追い祓う。こうして,最後は神社に戻って締めの踊りをし,あとは花開きと称する直会となって,行事は終了する。

9.悪石島のボゼ - 鹿児島県鹿児島郡十島村(悪石島)



盆の最終日翌日にあたる旧暦7月16日に、若者が赤土と墨で塗られた異形の面を被り、ビロウの葉の腰蓑を巻き、手首や足にシュロの皮をあててボゼに扮し、手には男根を模したボゼマラという長い棒を持つ。日本には他に男性器状の物を持つ祭りとして、奈良県飛鳥座神社の「恩田祭り」や茨城県の「平三坊」がある。
午後に島内の聖地とされるテラ(墓地に隣接する広場)を出発した3体のボゼは、島の古老の呼び出しと太鼓の音に導かれ、島民が盆踊りに集まっている公民館の前の広場を訪れる[5]。主に女子供を追い回し、子供達は異様な姿に悲鳴をあげて逃げ惑い、辺りは笑い声と叫び声につつまれ騒然となる。ボゼはボゼマラを持ったまま人々に迫り、その先端についた赤い泥水を擦りつける。こうすることで悪霊祓いの利益があり、女性は子宝に恵まれるという。
こうした騒ぎが10~15分続いた後、太鼓の音が六調のリズムに変わると、ボゼが広場の中央に集まり踊り始める。そして再度の太鼓の合図で再びボゼたちは子供たちを追い回しながら、その場を走り去る。ボゼがテラへと戻って来た後、顔を覆っていた面はそこで跡形もなく壊される。一方で残された公民館では、悪霊を祓われた人々が安堵と笑いに満ち、酒や料理を楽しみながら夜が更けてゆく。

10.宮古島のパーントゥ - 沖縄県宮古島市(宮古島)



島内の2ヶ所で行われている奇祭だが、形式は異なっています。
島尻地区では旧暦9月上旬、仮面をつけて全身に泥を塗り、シイノキカズラの蔓草を巻きつけた3体の仮装神が出現します。パーントゥは厄払いの神として、泥をぬりつけることで、新築の家のお祓いや子供の無病息災を祈願します。ンマリガー(産まれ井戸)と呼ばれる井戸の底の泥を身に付けて奇声を発しながら各家を回ります。誰かれかまわず泥をなすりつける姿に、子供たちや観光客は悲鳴と笑い声を上げながら逃げ回ります。一般に有名なのはこちらのパーントゥです。
一方、上野野原(うえののばる)地区では旧暦12月最後の丑の日に行われます。男子小学生1人が仮面をつけ、その後ろに太鼓を叩く人、ほら貝を吹く人、クロツグとセンニンソウを頭や腰に巻き両手にヤブニッケイの小枝を持った女性たちが続き、鳴り物入りで陽気に集落を回り厄払いをします。

こうして並べてみると、能登を含む東日本の行事は、「ナマハゲ系」というか、炬燵や火鉢の前から動かない「怠け者」や子供を諌める行事で、大晦日もしくは年明けに行われています。

対して西日本の方の特徴は、みんな「離島」の行事だということ。衣装も南国風で、共通点を感じます。

面白いのは、関東・関西地区には全くないこと。いや、あるのかもしれませんが、有名じゃないのでしょうね。

諸説ありますが、南西諸島と東北地方は黒潮の流れに乗って、縄文時代から交流があったとのこと。
ひょっとしたら、東南アジアの行事が南西諸島に伝わって、東北まで流れ着いた?(全くのAniの推測 (^-^) )

ただこれらの行事はそれぞれの地域における伝統行事なので、お祭りのように観光客が参加することは難しそうです。

まあ、今回の無形遺産登録で、観光客向けのパフォーマンスが時期を問わず行われるかもしれません。
例えば「ナマハゲ」、Aniは新橋だったかな、秋田郷土料理のお店で遭遇しました。

でも、宮古島のパーントゥは遠慮したいな、流石に「泥だらけ」にされるのは、ちょっとね。

これらの行事、過疎化や高齢化で存続が厳しい状況にあるそうです。
なので、この伝統を続けていくいためにも、「観光化」はアリだとAniは思います。

機会があったら見てみたいな \(^o^)/
2018/12/02 10:40 時事 TB(0) CM(0)
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