歌う ´◇`)/ O✖△◎!  Aniのあれこれ言いたい放題!
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プロフィール

Ani huazhong

Author:Ani huazhong
                            
Ani(アニ)と申します m( )m

早期退職後、軽貨物配送業を2013年1月に開業しました。

屋号:
Ani Express
(アーニー・エキスプレス)

たまに歌います(^0^)

どうぞ よろしく(^-^)

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その日の北千住駅 7時35分。始発の38分発中目黒行きに乗り換えるため、いつものようにホームで列車を待ちます。
ほどなく時間通りに列車は到着、何の変哲もない、いつも通りの通勤でした。

事件を知ったのは昼過ぎ、昼休みに見たNHKのニュースでした。築地の駅前で多くの人々が倒れこんでいる様子が映し出されています。地下鉄内で何かが起こったようです。ただこの時点では、これが事件なのか事故なのかわかっていませんでした。
これがのちに判明した、「地下鉄サリン事件」です。

この時 同時多発的にオウムは地下鉄内での猛毒ガス「サリン」散布を行ったのですが、そのうちの一つである日比谷線での事件、起こった車両は、その日Aniが乗った1本後の7時43分発始発の中目黒行きでした。

これにはいろんな意味で驚きました。
もちろんちょっとでも遅れていたら当該の列車に乗り合わせていたことに驚愕したのですが、事件が起きたのがよく知っている路線や駅だったからです。犯人たちがどこで列車に乗り込みどこで逃走したのか、その光景がほぼ想像できました。
なのでAniには直接的な事件とのかかわりはないのですが、何かと印象に残っています。
あと、20年近く逃走していた「走る爆弾娘」こと、菊池直子氏(のちの裁判で「無罪」となったので敬称付きます)の出身が同郷の「草加市」だったことも理由の一つです。

一昨日、教祖「麻原彰晃」こと「松本智津夫」を含む、オウム事件の死刑囚 7人の死刑が執行されました。
久々のオウム報道、あれから23年ですか。もうそんなに経ったんですね。

昨日、今日と、この執行についてはメディアが騒いでいますね。
確かにこの事件の全容が解明されたかというと、Aniもスッキリしません。なので死刑執行はは先延ばしにして、彼らから更なる証言を引き出すべきではなかったかという意見もありましたが、彼らを生かしたところでこれ以上何も出なかったとAniは思います。

なぜ一昨日だったのかとういう疑問も起こりました。今後 天皇陛下の退位、東京オリンピックと重要行事が続きます、平成に起こった事件なので平成のうちにケリをつけたかったとの意見も。

「死刑」制度そのものについても、EUからクレームがつきました。
ただ昨今の日本の風潮、「極刑を望みます」という被害者遺族の声が多いことを考えると、日本では難しいでしょうね。

事件以降、再発防止のためにいろいろな法改正が行われたせいか、組織的なテロは起こらなくなりましたが、個人による身勝手な「無差別殺人」事件はあとを絶ちません。

人の心に「闇」が芽生えないようにする方法があれば、この手の不幸は起こらないのでしょうが、その方法は全く思い浮かびません。

事件が起こるたびに感じる「無力感」
自然災害や不慮の事故ではなく、人が「意志」をもって起こしているから、余計に腹が立ちます。

いつか世の中から、この手の「不幸」がなくなることを願い、亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。



























2018/07/08 09:36 時事 TB(0) CM(0)
世間を騒がせている「日大アメフト問題」

ワイドショーはともかく「これ」ばっかりですから、問題の内容について、特にはここで書きませんが、どうしてもAniがぬぐい切れないのは、この報道に対する「違和感」です。

果たして、ここまで「大事」になる「事件」なのか。

公式戦でもなく、いわば「練習試合」程度の試合で起きた、大学アメフト部員の反則タックル。

映像を見る限りかなり悪質ではありますが、故意でなくともあれくらいのラフプレーは、アメフトの世界でははこれまでも当たり前にあったプレーでは?
それでもそれらのラフプレーが「大事」にならなかったのは、普通は起きたその場で本人及びコーチなりがすぐに謝罪して、ことを丸く収めていたからだと思います。

まあ、日大監督・コーチのあの謝罪会見を見たら、そういう「常識」に欠けている人たちだということが露呈してしまったので、関学側の怒りももっともなことです。

でもAni思うに、この事件をここまで大きくした最大の要因は、「問題の反則プレーの「映像」があった」ことでしょう。

もしこの件が新聞などの「文字」のみで報道されたとしたら、ここまで世間の注目を浴びたでしょうか。
「悪質な反則タックル」と「文字」で書かれたのみなら、恐らくアメフトを知らないほとんどの人は、その「悪質」さを理解できないでしょう。
それに対してあの映像、アメフトを知らない人のみならず、誰が見ても「悪質」だということは一発で理解できます。

たぶんこの映像の出所はユーチューブでしょう。
問題の試合に関わっていた人たちの誰かが、あまりに汚いプレーであったのにも関わらず、なんの謝罪もしない日大側に腹をたてて投稿、それを映像系メディアが、「絵」としてのインパクトに目をつけて放送した、だから最初はここまでの大事になるとは思っていなかったのでは。放送後に日大側が平謝りしていれば、恐らく今頃はとっくに収束していたのではないかな。

この事件、結果として日大のマネジメントのまずさが浮き彫りになったので、それはそれでよかった気もしますが、気を付けなければいけないなと思うことは、マスコミが取り上げる「報道」の「量」と、客観的にみた世間における事の「重大」さはリンクしないということだと、Aniは思います。

刑事告訴も起きていますから、決して「小さな事件」だとは思っていませんが、あくまで、いち大学の運動部の試合中に起こった「反則プレー」なのです。
もっと他にも取り上げるべき事件・事故があるはずです。交通事故などは発生頻度が多いから、死亡事故だとしても、よほどの大きな事故でもない限り取り上げられません。
小さな事故の背景に、社会的に重大な「欠陥」が隠れている可能性はあります。そこを見つけ出し、世間に問うて解決を促す、マスコミは、本来そうあるべきでは。

ネットに押され気味のテレビは、どうも数字欲しさに「話題性」ばかりを追いかけていて、上述の精神が失われている気がします。

なので「視聴者」として我々が気を付けなければならないのは、「決して「鵜呑み」にしないこと」

「違和感」を感じているうちは Aniもまだ大丈夫でしょう。(:>_<:)













2018/05/27 11:25 時事 TB(0) CM(0)
最近世間をにぎわす事件。

発生順不同で挙げると、

・財務省事務次官のセクハラ発言問題
・新人警察官による先輩警察官への発砲事件
・神奈川県免許試験場職員の飲酒運転違反
・財務省理財局による公文書書き換え問題
・防衛省の日報隠蔽事件

思いつくところでこれだけですが、これらに共通しているとAniが思うのは、すべて当たり前に「アウト」でしょう、ということ。

上から順にいうなら、官僚トップにまでなった人間ならその立ち振る舞いに最善の注意を図るのは当たり前、警察官が職務以外で拳銃を使うのは言語道断、飲酒運転を取り締まる側が飲酒運転するという愚かさ、どう考えても後になってばれる嘘をつく役人。

なぜこんなことを犯したのか理由を考えようと思ったのですがやめました。
だって、考えるまでもなく、「当たり前」に「アウト」としか考えられないから。

それぞれの当事者は、やってはいけないことだという意識が欠片もなかったとは思えません。少しは思っていたと思います。
では、なぜやったのか。

発砲事件は別にして、ばれない、大きな問題にはならない、とは思ったのかもせれません。
しかしそもそも、日頃から「絶対にやってはならないこと」という意識はなかったのだと思います。

これについてAni思うに、これらに共通しているのは「組織」に対する「不信感」ではないかと。

かつて、会社、役所、学校は個人を守ってくれる存在でもあり、個人も組織に所属していることが「安心」であり「誇り」でもありました。

しかし現在、この」「組織」と「個人」の良好な関係は消滅しました。

原因は「個人」が「自由」を求めて「組織」を飛び出し始めたこともありますが、それよりも大きいのは「組織」が「個人」を守れなくなったからでしょう。

「組織」が生き残りをかけて「リストラ」を行えば、やはり「個人」の組織に対する忠誠心は下がらざるを得ません。
そんな「組織」に「個人」が見切りをつけ始めると、「組織」は「パワハラ」で「個人」を使い捨て始まます。
こうなるともう事態が好転することはないでしょうね。

「組織」と「個人」が蜜月状態だったかつては、先ほど挙げた「絶対にやってはならないこと」の歯止めが働いていたと思うのですよ。それはそうすることが「組織」「個人」双方にメリットがあったから。

また現在はこれら事件のような形で「個人」が「組織」を裏切ったとしても、やり直しの効く時代です。
かつてはこのような形で「個人」が「組織を裏切ったら、世の中から相手にされなくなったものですが、今は更迭された元文科省事務次官でも講演会のお声がかかるようですから。

でも結局、一番「損」をしたのは事件を起こした「当事者」個人です。

絶対に自分を守ってくれる「組織」があれば、やはり「安心」ですよね。
でもそんなものが存在しない今は、個人が「自分のことは自分で守る」しかありません。
そのために、これからの「個人」は「賢く」「たくましく」生きていかねば。

事件を起こした当事者たちも、「軽い気持ち」から一歩踏み込んで、「結局「自分」が一番「損」をする」ことに気づくべきでした。

そういう「時代」なのだと思います。

















































2018/04/22 12:44 時事 TB(0) CM(0)
安倍さんも大変ですね。

すっかり忘れていた「森友学園問題」
そういえば、なぜ8億円も値引きされて国有地が払い下げられたのか、いつの間にか、うやむやにされてしまうところでしたが、まさかの財務省による公文書書き換え事件が勃発して、そうだ、あの件はどうなっているんだと、みんな思い出してしまいました。

安倍さんにしてみれば、自らはミスしてないのに、周りに脚を引っ張られて窮地に立っている状態。

財務省に対しては、「なんで書き換えたの?」
昭恵婦人に対しては、「ちょっと大人しくしてくれないかなあ」

そう言いたいところでしょうが、総理大臣は行政のトップだし、昭恵さんは自分の妻だし、今はひたすら謝るしかありません。


内閣支持率も30%台まで落ちました。
昨日の夕方MXテレビでやっていた田村淳が出ている番組で、森友問題の決着の仕方はという視聴者アンケートで、一番多かった回答が「阿部総理の辞任」でした。

街頭インタビューなどだと、「今の野党には政権を任せられない」との声が聞かれ、世間は本当に政権交代を望んでいるわけではないと思うのですが、みんな心のどこかで、「でも、安倍さんが辞めたら面白いな」って思っていませんか。

良い悪いは別にして、ここ数年日本の国政は安倍長期政権で「安定」しています。
それまでの「コロコロ総理大臣が変わる国」を嘆いていて、ようやく「マシ」な政権になっていたのを喜んでいたと思いきや、長く続くと大衆はもう飽きてます。
「安倍さん辞めたら面白いね」は、そんな身勝手な大衆心理の現れでしょう。

洋の東西を問わず、現代の政治はそんな「大衆心理」に左右されることが多くなった気がします。

イギリスのEU離脱、トランプ大統領の誕生など。

イギリスもアメリカも、自分たちが選んだ結果なのに、その結果を「まさか!」と驚いているという、なんとも不思議な光景でした。

この「大衆心理」を一番恐れているのは、世界各国の政治家、特に国を納める統治者たち。
なので対抗策として、みんな「独裁」を推し進めます。

ロシアのプーチン大統領は、選挙違反(と言われている)までして長期政権を維持します。
中国の習近平主席は、2期10年だった国家主席の人気を撤廃し、「終生国家主席」になろうとしています。

トランプ大統領も負けてはいません。
意見の合わないスタッフはどんどん「首」にし、イエスマンで周りを固め、国際関係無視して「アメリカ第一主義」を進めています。

昔は「独裁国家」といえば、発展途上国がほとんどで、要は経済発展を強力に推し進めるリーダーシップの方を国民は望んでいました。でもうまくいけばいいですが、うまくいかないとそれら「独裁者」の末路は哀れです。
イラクの「フセイン、」リビアの「カダフィ」は処刑されていまいました。
いま、シリアの「アサド」が国際社会の批判を無視して虐殺を繰り広げているのは、負けてしまえば彼には「死」しか待っていないからです。

米・露・中 の超大国の指導者たち、政権維持が失敗したとしとも、さすがに「命」まで取られるとは我々も思いませんが、当の本人たちはどうなのでしょう?

スパイの暗殺疑惑のあるプーチン、多くの政敵を「汚職」のレッテルを貼って排除してきた習近平、トランプも相当「人に恨まれている」はずです。

この3人、これまでの強権政治でたくさん「敵」を作っているので、今更「柔軟路線」には変えられないでしょう、どんな「報復」されるかわからない、だから更に「強権政治」を推し進めざるを得ない。

古来より「独裁者」はその強硬姿勢とは裏腹に、常に「大衆」の逆襲に「怯えていた」気がします。ヒットラー然り、ムッソリーニも。

でも現在の世界では関係ないと思っていましたが、どうもそうではないみたいですね。

なんか突然、とんでもないことが起こるんでしょうか、今の世の中。
そんな「不安」が時々頭をかすめます。

「怯えている」独裁者たち。

でも「大衆」も、実は「怯えている」のかもしれません。
2018/03/25 10:18 時事 TB(0) CM(0)
米国で、またもや繰り返された銃乱射による悲劇。

乱射ではありませんが、一番古い記憶に残っている米国での銃犯罪は、ジョン・レノンの事件かな。
1980年に起きていますから、38年前になります。
その後も年に1回程、全米のどこかで、この手の悲劇が繰り返されている印象があります。

ともかく毎回思うことは、「なんで銃規制を強化しないのか?」
犯罪者が簡単に銃を手に入れられるのだから、銃による犯罪がなくならないのは、当然といえば当然、なんでこんな簡単なことがわからないのかと、いつも不思議に思ってました。アメリカ人、馬鹿なのか?

銃のない日本に暮らす我々には理解できない感覚なのかと思って、ちょっと調べてみたら、まあそうなのかもしれないな と思うところもありました。

よく言われていることですが、米国で銃を所持することは「個人の権利」であって、このことは合衆国憲法でも保障されており、建国以来の伝統です。

一歩外に出たら無法地帯だった西部劇の時代なら、「自分の身は自分で守る」ために銃は必要だったでしょう。
でも一応秩序あるルールに従って人々が生きる現代社会において、銃は必要なのか?

日本人なら「銃があるから犯罪が起きる」と思うのですが、アメリカ人はそうは思わない。
銃規制問題が起きると必ず反対する「全米ライフル協会」の会員なんかがそうです。

彼ら曰く、「人が人を殺すのであって、銃が人を殺すのではない」

確かにそうかもしれませんが、やっぱり違うよな。

で、このあたりの話はメディアでもよく聞かれる話なのですが、もう一つ銃規制に対して消極的になる背景に、政府=権力に対する不信感があるそうな。

これは国家が形成される過程が日本とは真逆な、米国ならではの感覚でしょうか。。

移民国家の米国、そもそも移民者たちは、故国の統治者の圧政から逃れるために新大陸を目指した人たちですから、自分たちの自治を重んじ、権力者の独裁を許しませんでした。
だから政治は連邦制だし、治安維持に関しても自警の意識が強いです。(保安官なんかがそう)

市民の治安を守る存在といえば、日本人はすぐに警察を思い浮かべますが、アメリカ人の場合は必ずしもそうじゃないようです、警察を100%は信用していない。

確かに警察という組織は人が集中して暮らす都市部では機能しますが、広大なアメリカの田舎町ではそうもいきません。
警察が到着する前に自分たちで何とかする必要があった、いまでもその側面はないとは言えません。
また白人警察官による有色人種への不当な扱いなどの問題もありますから、米国では日本ほど「おまわりさん」は信用されていません。

そこへいくと日本はある意味、昔から権力者に対して寛容でした。そこはなぜなのか今回は検証しませんが、権力者にとって一番厄介な民衆の反乱を防ぐため、まず民衆から「武器」を取り上げてしまいます。戦国時代の秀吉の「刀狩」、明治政府による「廃刀令」、すんなりいったわけではありませんが、結果として権力者は民衆から武器を取り上げることに成功しています。

身の回りに「武器」がない暮らしに慣れてしまっている日本人、かたや警察も100%信用できないアメリカ人。
この「感覚」の差は、たぶんうまらないでしょうね。

ただ、「武器」はあれば使いたくなるし、一度使ったら報復の応酬で止まらなくなる。中東で続いている悲劇がまさにそうです。

でも、少なくとも日本では「銃のない社会」を実現しているし、米国の都市部では各市長の連携による「銃のない社会」」実現に向けての動きがあるようです。

やっぱりアメリカは、建国以来の考え方を変える必要があると思います。

ただ今すぐは無理でしょうね。
ジョン・ウェインがヒーローのトランプさんが大統領でいるうちは。




















































2018/02/25 11:18 時事 TB(0) CM(0)
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