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歌う ´◇`)/ O✖△◎!  Aniのあれこれ言いたい放題!
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プロフィール

Ani huazhong

Author:Ani huazhong
                            
Ani(アニ)と申します m( )m

早期退職後、軽貨物配送業を2013年1月に開業しました。

屋号:
Ani Express
(アーニー・エキスプレス)

たまに歌います(^0^)

どうぞ よろしく(^-^)

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この日の散策、半分ほど来たので、ここでざっと「湯布院」を紹介します。



おもな観光エリアは上図の範囲です。

この日の午前中、Aniが辿ったルートは、

①由布院駅をまっすぐ駅前通りを進み、ぶつかった鳥居を右折して参宮通りを進みます。
②地図では表記されていませんが、参宮通りはステンドグラス美術館のあるほうではなく、そのまままっすぐ続いており、
 ちょうど地図上の右下隅あたり(「この色のルート」の下の活字のあたり)に、宇奈岐日女神社があり、お参り。
③参宮通りを戻って右折し、ステンドグラス美術館を経て、黄色のルートで金鱗湖へ。

この行程は田んぼや畑の中を抜けていく長閑な道で、途中、一軒家のレストランやそこそこ広い旅館なんかあったりして、牧歌的で落ち着いた湯布院の顔を感じさせるエリアです。

で、地図の半分上を斜めに走る「湯の坪街道」、ここがもうひとつの湯布院の顔、原宿や軽井沢みたいな若者に人気の観光地です。



この地図では細かい店名まで読めませんが、通りいっぱいにたくさんの飲食店、土産物屋が乱立しています。
(恐らくこの地図に載っているお店は半分程度。)

いや~、事前情報でそんな雰囲気であるとは聞いていましたが、想像以上でした。


こんなのとか。


こんなの。



これからそんな通りへ突入していくのですが、その前に。


早速「令和堂」ですか、すごいな。



ここは前々回に紹介した、別府の立役者「油屋熊八」爺が作った、高級旅館(オフシーズンで一番安くて36,000円/一人)
たしかバス会社も「亀の井」でしたね。


中の様子は伺えません。どうも客室の半分は「離れ」らしい。

そこからほどなく離れたところにありました。



「もくあみの杜」。ショッピングモールとありますが、数店の飲食店と土産物屋があるだけで、知っているモールに比べるとかなり小規模。



木を生かした作りで、おしゃれでいい感じ。昼近かったのですが「鰻」の気分じゃないし、混んでたのでやめました。





金鱗湖のほとりに建つ「マルク・シャガールゆふいん美術館」



一回がカフェで、2階が美術館です。



展示作品は「サーカス」というシリーズのリトグラフ。
リトグラフ(版画)の場合、一回に1000セットとか作成されるので、肉筆画のように「ここにしかない1点物」ではありませんが、展示作品は本物(複製ではないという意味)なので、見る価値はあります。



シャガールは好きな画家で、個展も何度か行っているので、Ani的には満足、鑑賞を堪能しました。

金鱗湖が覗くこのアングル、良くないですか?



道に人が溢れています。いざ、突入!





さっそく「昭和レトロ」。





湯布院、「○○の森」って、名前が多いね。



猫屋敷に、



犬屋敷。

カフェではないようです、グッツを売っています。



こっちはカフェだ。



フローラル・ビレッジ。ここは下調べした時に出ていたので、そこそこ有名のようです。









これは シャガールではない。



どっからどこまでが「ビレッジ」なのか?なぜか「ハイジ」ショップがあります。





ほぼほぼ、初老男子には縁のないものばかり。



今度は「ディズニー」か。





今の流行は、ちゃんと抑えています。韓流ダネ。



ビレッジをでてほどなく、



今度は「江戸」らしい。

まあ、よくもいろいろと思いつくもんだな。少々 食傷ぎみ。



買おうとは思いませんが、珍しくて面白かったので。



あ、なるほどね。



せっかく来たのだから、なんにも買わないのは寂しいので、初老男子が並んで買って食べていても恥ずかしくないものを。
クリームチーズ味の甘太郎焼き?



ありそうで、いままで見たことなかった。ビートルズファンは垂涎ダネ。



これまた、懐かしい!



ホントになんでもアリだね。

と、ようやく駅近くまでたどり着きました。
原宿みたいなところとは事前に聞いていましたが、想像以上。

ともかく若い女性には人気なのは確実ですね。
かたや静かな温泉地で、もう一面がこの賑わい。

別府が猥雑で、いかにも「温泉地」なのに対し、湯布院はその真逆を行っている、熊八じいさん流石です。

さて、駅前で一息ついてから帰りますか。と、振り返れば、



ようやく「由布岳」が顔を覗かせてくれました。



駅前の酒屋で買った地ビール。ザビエル=フランシスコ・ザビエルと大分県ってなんの関係なのかなと、買った時は思いましたが、後で調べたら 大分県を支配していたキリシタン大名の大友宗麟がキリスト教の洗礼を受けたときの洗礼名が「ドン・ザビエル」なのだそうです。

危ない危ない、間違って喧伝するところだった。

 ~ 続く ~
2019/08/12 20:01 散歩・旅行 TB(0) CM(0)
本日も朝早くから活動開始。



まずは腹ごしらえ。別府駅前のロッテリア、何十年ぶりかの訪問です。
日頃殆どこの手のハンバーガー類は食べないので、新鮮でした。でも朝食で500円はちと高いかも。

ダウンロード (2)

湯布院(由布院)へは亀の井バス(この会社も前回紹介した別府の功労者 油井熊八が創業)の観光快速バス「ゆふりん号」で向かいます。乗車時間は約1時間。ペインティングはかわいいですが、中身は普通のバスです。

さて、なぜAniが湯布院の行ってみたかったかというと、あるドラマがきっかけでした。

ダウンロード (5)

2005年に放送されたNHK連続テレビ小説「風のハルカ」

湯布院の父子家庭で育った主人公ハルカが大阪でOL生活の後、「本当の幸せ」を求めて故郷の湯布院で奮闘する姿が描かれました。

まずこのドラマに出会うまで「湯布院」を知りませんでした。温泉地=歓楽街といったベタな温泉イメージではなく、豊かな自然に囲まれた避暑地のような温泉地として、当時そこそこ話題にはなっていましたが、さすがに九州の山奥ですから関東地方まではまだ伝わってきていませんでした。

で、ドラマで描かれた「湯布院」、妙に心惹かれたんですな、穏やかで豊かな自然、どことなく洒落た感じの街の趣、当時Aniは香港に住んでいたので、余計に恋しかったのかもしれません。で、いつかは行ってみたいと。

別府駅を8:40に出発したバスは、一応「快速」ですので、途中いくつかのバス停を飛ばして目的地に向かいます。
と、海沿いのバス停。


大型のフェリー。



「さんふらわあ」です。初めて見た。
Aniが10代20代の頃かな、このフェリーのCMが盛んに流れていました。だから乗ったことはなくても名前だけは知っていました。
意外な出会い、得した気分。



湯布院が山のほうにあることはわかっていましたが、途中の車窓を見るにどちらかといえば「高原」なんですね。
木々が生い茂る「森」的なものは見当たらず、草原が続きます。おそらくこのあたりは「火山帯」なんでしょう。



ひと山越えたところで「湯布院」の街が見えてきました。



終点の「由布院」駅に到着。モダンな建物です。



看板の表示はひらがなで「ゆふいん」ですが、漢字で書くと「由布院」。

? 「湯布院」と「由布院」はどういう使い分けなのか?

もともとは「由布院町」だったのが、「湯平町」と合併して「湯布院町」となり、更に平成の大合併で「由布市」になったため、もうどっちでもよくなったらしいです。
なので最近は平仮名で「ゆふいん」とすることが多くなったそうな。



駅舎内の「ギャラリー?」なのかな、休憩所としても利用されているようです。
ミニ美術館ほか「アート」なまちづくりを標榜している湯布院、Ani的には期待大です。



駅前の情景。10時前ですが観光客たくさんです。


まずは観光案内所で情報収集、特に「風のハルカ」のロケ地が知りたい、でも15年も前の作品ですから、最初に対応してくれた若い職員は「?」、ほぼAniと同年代の職員が奥から現れて、地図を拡げて説明してくれました。

どうも、もうそれほどは残っていないようです。残っていても昔の面影はない模様、仕方ないか。
ともかく行ってみましょう。



馬車。これはドラマには登場しなかった。



この川の感じは、なんとなく記憶にあります。懐かしさがこみ上げてきました。



そうそう、ここは記憶にあります、「由布院温泉観光協会」。大阪から湯布院へ戻ったハルカの勤め先。
彼女、大阪で旅行会社に勤めていたので、その経験を活かしてという設定だったと思います。



ここも花嫁行列のシーンに登場したとロケ地ガイドにありましたが、あんまり記憶にないなあ。



次はロケ地ではなく、当地で一番大きな神社へ向かいます。今にも降りだしそうな天気。
写真の霧の向こうに「由布岳」があるのですが、全然見えず。
この「由布岳」も、ドラマに登場します。常に主人公たちを見守っている存在。中村メイコが「由布岳の精」という役で、劇中でつぶやきます。



さっきとは違う馬車です。



人力車もあるのか。





宇奈岐日女神社(うなぐひめじんじゃ)
湖だったこの地を盆地に変えた女神の伝説からお祀りされてるそうな。



杉の古木で囲まれていましたが、平成3年の台風で多くが倒壊、その切り株を御神木として祀っています。



更に散策を続けていると、良さげな洋館に遭遇。



由布院ステンドグラス美術館と教会です。



ドラマでは主人公ハルカの結婚式シーンに登場したのですが、記憶にないなあ。

またてくてくと歩き続けると、何やら怪しげな?



いかにも、外国人観光客受けを狙った佇まい。



なんか安っぽい。



確かに7体あります。「七福神」か。



同じ施設内にあるのですが、「七福神」となんの関係があるのだろう?



で、結局この施設、営業してません。覗いてみると美術館ではないし、レストランでもなさそう。
これから開業するのか、いや、不評だったので閉めたのか?

よくわかりません。



お寺にも寄ってみました。



そうそう、今日から「令和」でしたね。



金鱗湖。湯布院の中で一番知名度のある観光地かな。



ドラマでは子供時代の主人公たちが、伝説の「龍」を夜中に見に行くシーンがあって、それがこの湖だと思っていましたが、実際にロケを行ったのは京都にある別の湖でした。

また名称も「金鱗湖」ではなく「青鱗湖」で、ドラマでは架空の設定だったのでした。



ちっちゃな湖です。でも穏やかで、いいところです。

一応ここが、本日の散策の折り返し地点。

~ つづく ~

2019/07/28 17:57 散歩・旅行 TB(0) CM(0)
門司から大分県へは、JR日豊本線を使いました。

まず、「門司港」駅から「小倉」駅へ。乗車時間 5分。すぐ隣でした。
(ここで訂正。前回「門司港」駅に停車していた列車(紅白のツートンカラー)、Aniは「特急」と書きましたが、普通列車でした)

で、小倉で「特急ソニック」に乗り換えます。


日豊本線の路線図。鹿児島までつながっています。

なぜ「日豊」なのか? 途中に「日」と「豊」が駅があるのかと調べましたが、ない。由来らしきものも、ググりましたが出てこない。

類推するに、大分県の昔の国名「豊前」「豊後」と、宮崎県の同じく「日向」からとったんではないかな?どうでしょう?

小倉から乗車した「特急ソニック33号」、GWのせいもあったからでしょうか、乗車率は80%、結構混んでます。
目的地の別府までは、1時間ちょっっと。博多から出ている「ソニック」に乗っても、2時間かからずに到着します。

関東のイメージで考えると、東京から熱海・箱根に行く感じかな。車窓の景色もそんな感じに思えました。



別府駅到着。



いいじゃないですか、「温泉地」って感じです。



降りてすぐ、一番目のつくところに立っている銅像。

「油屋熊八」爺。

明治の終わりから昭和の初めにかけて、「別府」並びに「湯布院」を一大温泉観光地した、当地の実業家です。

「山は富士、海は瀬戸内、湯は別府」

このキャッチフレーズで全国に当地を宣伝しまくったそうです。いい響きだなあ、感心です。

ラクビージャージを着せられているのは、大分県でもラクビーワールドカップが開催されるからです。

で、降り立った別府の印象。

ザ・温泉地 ! 

懐かしい風景です、昭和レトロ感 満載です。



まずは「映画館」



現在、「映画を観る」といえば、ほぼショッピングモールに隣接された、シネコン(シネマコンプレックス)ではないでしょうか。

でも子供の頃に映画を観に行くと言ったら、ここのような「映画館」でした。
小学生の頃、古い映画(チャップリンとか)の鑑賞割引券がよく配られていて、よく観に行きました。



なんだろう、ちょっとだけ大人になったような「ワクワク感」。
「映画館」は、そういう場所でした。

懐かしさに浸りながら歩いていたら、もっと凄いのを発見!



いまどきは、「R-18」と表記するんですね。



Aniが思春期に差し掛かった頃には、ほぼ「絶滅危惧種」だった「成人映画館」。
まだ、あったんですね。

この古ぼけた感じ、当時と同じ。タイムスリップです。

駅の周辺 500M圏内は、ほぼ繁華街、飲食店、駅前旅館他。オフィスビル的なものは見かけません。





これだけの飲食店があれば、今夜の夕食に困ることはないでしょう。

と、思ったのが、甘かった!





別府という繁華街にあるせいでしょうか、なぜか「卑猥」に見えてしまう、変かな(>.<)



この手の飲み屋街は、ほかでもわりと見かけますね。



なので、ここ別府にあって当然、といったところでしょうか。



意味不明。「須磨子」って、「松井須磨子」のことか?

さて、そろそろ今夜のお宿へ。

多少迷いながらも、たどり着きました。



今日と明日はカプセルです。別にケチったわけではありません。単に駅チカで空いていたところがここだけだったので。
でも、一応温泉です。



チェックインして、まずはひとっ風呂。

ちゃんと温泉。大丈夫です。

さて、さっぱりしてお腹も大分すきました。
何を食べよう、大分名物「とり天」、やっぱり大分といえば「関アジ・関サバ」

などと期待を膨らませて、街に繰り出したのですが。。。

ダメです、どこの飲食店も「満席」。何軒か覗いて見ましたが、入れるどころか、待ってるお客さん多数。

そういえば、さっきぶらついた夕方に比べて、人通りが多くなっています。
さすが九州でも有数な温泉地。GWなら尚の事でしょう、甘かった。

よっぽど、スーパーかコンビニで何か買ってホテルのロビーで済ませるかとも思いましたが、ようやく入れそうな一軒を発見。





ディープだ、観光客にはハードル高い感じ。これはギャンブルだな。



日頃は、地元の常連客しか来ない、感じ。で、観光シーズンは、行き場を失った観光客が迷い込むといったところか。

実際、Aniが入店したあとに、やはりどこにも入れなかった観光客らしきカップルが入ってきました。



メニューも普通。かろうじて九州ではポピュラーな「胡麻さば」があったので注文。

そのあと何を頼んだか、まったく記憶にありません。とりあえず「飢えを満たす」程度に何かつまんで、即索と退散。

この地に住んで、ここに通うのなら全然OKですが、旅人にとっては欲求不満の残る結果となりました。

このままじゃあまりに寂しすぎるので、しばらくぶらついていたら、いい感じなところを発見。



イングリッシュ・パブですね。得意なところ。雰囲気のある、居心地のいいパブでした。



古い時計をテーブルがわりに使っています。ギネスが似合う~。

2軒目のおかげてご機嫌になって、ぶらぶら宿まで戻ります。



すごいネーミング。



命名した当時は、おしゃれな名前だったのかな。



やっぱりここは「昭和レトロ」な街です。

もうひとっ風呂浴びて、明日に備えますか。

明日は念願の「湯布院」訪問です。

~ 続く ~

2019/07/20 12:55 散歩・旅行 TB(0) CM(0)
唐戸市場を出て通りを挟んだ山側には、創建859年、ここ下関で最も古い神社「亀山八幡宮」があります。



社殿に向かう階段を登りきると、目立つところにあるのが、「世界一のふくの像」。

ふく(当地では「ふぐ」ではなく「ふく」)の銅像としては、恐らく「世界一大きい」だろうということで、そう呼ばれています。
まあ、そうでしょうね。そもそも「ふくの銅像」は、そうそう作られるものではありません。
Aniの知る限り、毒のある「ふく」を食する国は、日本と韓国だけです。欧米圏では聞いたことがない。
だからあるとしたら韓国でしょうか、そう考えると、ひょっとしたらここしかないのかもしれません。



神社としては至って普通な佇まいでした。

次に訪れたのは「日清講和記念館」





確か中学生時代に習いましたね、「下関条約」。
明治時代に日清戦争で勝利した日本が、相手国である「清国」と戦争終結の講和条約を結んだのが、この記念館に隣接する「春帆楼」(当時は料理旅館)で、当時条約締結時に使われた椅子・テーブル他の調度品が展示されています。





条約のレプリカ。伊藤博文、陸奥宗光、李鴻章の名前が見えます。

ここ、入場無料。15分あれば見れる感じです。

で、そのまた隣にあるのが「赤間神宮」



朱塗りが目立つ立派な建物です。

今度は時代がうんと遡って、12世紀の平安時代末期、ここ下関は平家と源氏の争いで有名な「源平合戦」の地でした。



ここが有名な「壇ノ浦」でした。「壇ノ浦の合戦」で敗れた平家が滅亡した地。

で、この赤間神宮は、わずか7歳で海の藻屑と消えた、平清盛の孫である「安徳天皇」をお祀りしています。
(平家の最後を悟った平家一門とともに、海へ身を投げました)

祖母である二位の尼(清盛の妻)が、「海の中にも「都」はあります、一緒に参りましょう」と言ったとか。

なので建物は「竜宮城」を模したと言われています。



変な言い方ですが、妙に立派というか豪華な雰囲気です。「安徳天皇」のネームバリューで考えると。

さて、ここからはしばらく歩きました。10、15分でしょうか、関門海峡脇の国道、特に変わったところもなく、普通に海沿いの国道、といったところでしょうか。



で、ここまでたどり着きました。



「関門橋」

完成したのは1973年。当時は東洋一の大きさを誇っていましたが、その後にこれよりもかなり大きい橋がいくつも出来たので、大きさのインパクトは残念ながら感じませんでした。ただ、もう完成してから46年も経っているんですね、そう考えると古ぼけた感じがしないのは、ある意味凄いかなと。



先ほどの赤間神宮の前の海が合戦の地だと思いきや、実際はずいぶん離れた辺りでした。





奥が「源義経」、手前が平家軍の総大将だった「平知盛」。



遺体が浮かび上がってしまわないように、碇を背負って海に身を投げたとの伝説から。



こんなのもやってました。



いやー、ここ下関は歴史の宝庫ですね、次から次へと遺跡に出会います。
これは幕末に外国船に向かって発砲した「砲台跡」です。



平安末期と江戸末期、700年も時を隔てた遺構が混在しています。



で、次は昭和の遺構(?まだ現役だから、遺構はないか (>.<) )



ここのトンネルが歩いて渡れることは、つい最近知りました。



え、お金取るの? と思ったら、歩行者は無料、自転車・原付が20円でした。
でも自転車・原付は見かけませんでした。

開設時は「生活道」だったのかも知れませんが、見る限り「観光客」しかいない感じです。

完成したのは1958年。当時はまだ自動車が庶民に普及していなかったので、ここまでバスで来て、徒歩でトンネルを渡り、またバスに乗って門司に行くこともあったのでしょうが、今は車でトンネルを渡るのが主流でしょう。
(ちなみにトンネルは国道2号線で一般道、関門橋は高速道路です)



全長 780m。



山口県側から380m行くと、県境です。





一応、右側通行。







九州に上陸。福岡県側から見た「関門橋」。あんまり違いがありません。



門司市。
ここも異国情緒あふれる港町です。



時間があれば観光したいところですが、門司から次なる目的地、大分県別府市までは3時間くらいかかるので、夕方までに別府に入るため断念しました。



「建物フェチ」のAniとしては、そそられる「洋館」。



「バナナの叩き売り」って下関だと思っていましたが、門司だったんですね。

このオブジェ、すごくリアルです。最初、本物の「人間」がパントマイムでやっているのかと思いました。



「門司港」駅。レトロでいい感じです。





普通列車ではなく、止まっているのは「特急」です。なんとなく「おしゃれ」。

~ 続く ~
2019/07/07 16:59 散歩・旅行 TB(0) CM(0)
3日目。

今回の旅の目的地・山口県においては、一番行きたかったところが「金子みすず記念館」だったので、それ以外の山口県については、言い方悪いですけれども ついで?みたいなもので、移動の途中にある観光地なのでよってみた というノリでした。

なのでここ下関市についても事前の下調べはなし、といっても有名な都市ではあるので、知ってる限りの知識、巌流島とか関門橋とか、を頼りにさくっと観光して、次なる目的地 大分県に入るつもりでした。

ただ、昨夜ホテルに戻って、かき集めた観光案内等を眺めていたら、ここ下関、見所いっぱいじゃないですか。
徒歩で回れる範囲内でもかなりの観光スポットに行けることに気づきました。



ざっと下関市のロケーションを説明すると、地図の左下あたりが駅とショッピング・飲食関係がある繁華街、関門海峡を南下する(地図上では上にあがる)と港があって、その先が旧市街地である「唐戸」エリア、更に南下して源平合戦ゆかりの旧跡を過ぎると関門橋と関門トンネルといった具合です。おっと忘れていた、唐戸から船で関門海峡を北上するとあの「巌流島」があります。



行動開始、歩き始めは割と見慣れた都会の風情です。でも街路樹が南国っぽいか。



ここ下関でも、種田山頭火の旅の痕跡を発見。



港。漁港ではなさそうです。港町・下関のイメージからすると、こじんまりしてるかな。



かつてはこのあたりが「港」として賑わっていたのでしょう。それを記念したオブジェのようです。

ホテルから15分ほど歩いたでしょうか、唐戸エリアの入口近くの到着。陸側は高台になっていて坂が多くなりました。
どっかに似ているな、そうだ、横浜に似た雰囲気です。



実はここ下関も、金子みすずと縁浅からぬ場所なのです。

昨日訪れた仙崎はみすずの故郷でしたが、下関は彼女が女学校を卒業し、店番として働いていた叔父の営む書店があった場所です。
のちに店の番頭と結婚し、26歳の若さで亡くなるまで、みすずはずっとこの地に暮らしていました。

なので昨日見た手書きのノートや多くの作品は、ここ下関で作られているのです。
ある意味、仙崎よりも下関のほうが関係が深いとも言えます。





「上山文英堂」がその書店で、ここにありました。



下関といえば「ふぐ」でしょう。名前は忘れましたが、かなり高そうな、歴史ありそうな、店構え。



いい絵柄ですね。
「ふぐ」は、昔から食べられていたそうですが、毒にあたって死ぬことがあるので江戸時代に禁食になったそうです。
たしか明治になって、伊藤博文がふぐ食を解禁したと聞いています。





マンホールの蓋も「ふぐ」です。

江戸の終わりにアメリカからペリーがやってきて、脅されていち早く開港したのが横浜と下関。
だから似ているのかもしれません。
横浜にも明治・大正期に建てられた洋館が多くありますが、ここ下関にもあります。



そのひとつが、「旧秋田商会ビル」



下関で木材取引と海運業を営んでした秋田商会が大正4年(1915)に建てた、西日本初の鉄筋コンクリート造りのビルです。





事務所 兼 住居だったので、1階は事務所だったのでしょう。いまは「下関観光情報センター」も兼ねています。



金子みすずのミニコーナーもあります。死を決意したみすずが最後に遺影を撮影した写真機が残っています。



2、3階は住居スペース。思いっきり「和風」です。







階段は「洋風」なんですね。



このビル、屋上庭園があります。ただし現在は非公開。



1階に飾ってあった庭園の写真。ドローンで撮影したのかな?



通りをはさんで、もう一つ洋館が建ってます。



旧下関英国領事館。領事館の建物としては現存する日本最古のもの。明治39年(1906)建立。



領事の執務室の再現。



女王陛下が飾ってあります。かなり若いぞ。



裏庭も異国情緒がありますね。



2階はカフェになっています。開店前なので断りをいれて撮影。



お高いティーカップ。有名な、ウエッジウッド です。これで紅茶飲めたら最高だけど、実際に使われているのかはわかりませんでした。



海のほうに行ってみましょう。
遠くに観覧車が見えます。



唐戸のフェリー乗り場。巌流島と対岸の門司に行く2便があります。

そういえば、旅の初日の錦帯橋で、佐々木小次郎ゆかりの地を訪ねたっけ。
縁を感じます、これは行ってみるしかないでしょう。



乗船まで時間があったので、周りを散策。
さっき見た観覧車が近くです。



遠くに望むのが「関門橋」
で、その下にチラッと見えるオレンジ色の灯台らしきものが、「恋人灯台」というらしい。
この風景も、なんとなく「横浜」を感じさせます。



まだ準備中。



いざ、行くぞ!





15分ほどで到着。



「島」と称していますが、元は「中洲」みたいなところだったようです。



武蔵と小次郎が決闘したときは、今の半分以下の面積だったそうで、その後埋め立てされて現在の大きさになりました。
無人島で、売店も自販機もありません。



遊歩道が整備されていて、バーベキューサイトなんかもあります。
でも島の半分は「私有地」です。(ただの原っぱでした)



ここで将棋の「竜王戦」が行われたことを記念して。
羽生竜王(当時) vs 広瀬八段(当時)



この像がなければ、「巌流島」ではないですね。



武蔵。



小次郎。

帰りの船は、上陸してから30分後。
ぐるっと島を一回りすると、ちょうどそれくらいです。うまくできています。




フェリー乗り場に隣接して「唐戸市場」があります。



やっぱり「ふぐ」押し、です。



市場ですから業者向けがメインかと思いきや、一般客向けの店舗が多いです。
握り寿司が一貫から売っていて、他にも海鮮丼や刺身、すり身の揚げ物etc、ここで買って外のベンチで食べたりできるよう。
土産物屋やいろんな売店もあるので、多くの家族連れで賑わっています。

ビール片手にランチもいいのですが、この込み様ではベンチが確保できそうにありません。
それにホテルの朝食バイキングでたらふく食ったのでそんなに腹も減っていません。
先に進むことにします。

~続く~





2019/06/30 10:14 散歩・旅行 TB(0) CM(0)
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